伯耆一ノ宮経塚は大正4年、倭文神社の社殿南南東180メートルの山中で発見されました。経塚の中からは、銅経筒をはじめ、仏像3体、銅鏡、瑠璃玉など多数の遺物が発見されました。これらはすべて国宝に指定されています。
初代城主・南条定宗が築いたと伝えられます。現在の城は湯梨浜町が再建した模擬天守閣と呼ぶべきものです。また羽衣石山には天女が舞いおりたという羽衣伝説も伝えられています。
古くから伯耆国の一ノ宮として信仰を集め、格式の高い神社として知られてきました。祭神は、織物の祖神である建葉槌命のほかに大国主命の娘で安産の守護神として知られている下照姫命などが祭られています。
毎年7月20日の夏祭り・水郷祭で踊られる湯梨浜町の伝統的な踊り。400年経った今も「浪人おどり保存会」によって継承され、鳥取県の無形民俗文化財に指定されています。
ひとりの百姓が、山腹の石の上に美しく芳しい衣が置いてあるのを見つけました。さらによく見ると、そばの流れで、若い美しい女性が水を浴びているではありませんか。「天女にちがいない」石の上の衣は、天の羽衣ということになる。百姓はその羽衣を盗みました。天女は羽衣がないので天上に帰ることができず、百姓の妻になりました。数年たち、二人の子どももできました。天女は、子どもに羽衣のありかをたずねました。子どもは、父親の隠していた羽衣を、母親に渡しました。天女は、まさにも天にものぼるよろこびで、羽衣を着けると、天上に帰ってしまったのです。二人の子どもは、母を慕って泣きました。母が好きだった音楽で、母を呼びもどそうと考えました。近くの山に登り、太鼓と笛を演奏しました。-天女が衣を置いていた山を羽衣石山、また、子どもたちが一生懸命、大鼓を打ち笛を吹きならした山を打吹山といいます。